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3月, 2021の投稿を表示しています

マスクとドラマ

 俺の家の話で素晴らしいなと感じたことを思い出しました。 出演者がみなマスクをしてたこと。 ドラマではこれが当たり前になってなくて、ヘンだなあと感じることが多かった。 半沢も誰もマスクしてなかった。 銀行なんてそのへんかなりきびしいはずなんだが、マスクしてたら誰だかわかんなくなっちゃうし。 ドラマはたいがい時代劇見るような感覚で見ていました。 ところが俺の家の話はそのへん徹底されてて、荒川さんがじつは旅行についてきていたなんて小憎い演出にも使っていた。あれはマスクしてる人があやしくないという常識がないとできない話で。 家庭内ではたいがいマスクはずしてるから、やりやすかったんだろうなとは思うが。

大政奉還

 『右大臣実朝』に大政奉還という言葉が出てきて、あれ、これは鎌倉時代の話だよなと思い、まだ鎌倉幕府が開かれてから二十年経ってないころの話なのだと思い直した。大政奉還はきわめてリアリティある言葉だったのだ。源氏将軍は実朝で絶え、以降は北条氏による執権政治となるが、それが滅亡したのは天皇親政の復活である建武の新政によるものであり、やっぱり武家の政治じゃだめだよ、という不満分子も普通にあった時代の話なのである。 大政奉還がすぐ近くにある。大政奉還というと例の勝海舟と西郷隆盛が向き合っている図を思い浮かべてしまうのは、大政奉還イコール江戸時代の終焉という固定概念があるためだ。 (3/16)

復帰

 アンジャッシュの渡部がなかなか復帰できない。年末のダウンタウンの番組で復帰、事件それ自体を笑い飛ばしてしまおう、ということだったらしいが、許されず、復帰は見送られた。 近々またそういうイベントがあるらしいが、たぶん復帰はできないだろうといわれている。 クリーンなイメージで売っていた人だから、もし復帰できたとしても、復帰後の芸風が想像できない。 メディアといえばマスメディアだった時代は、復帰のタイミングはマスメディアのほうで決めていた。今はそれができない。今のメディアは一方通行ではなく、かつてマスメディアといわれたテレビやラジオもソーシャルメディアのひとつにすぎないのだ。 サイレント・マジョリティなんて今はないんだよ。 (3/27)

タイムスリッパー

 ダウンタウンの松ちゃんが新幹線で椅子を対面にして酒を呑みながらマスクもせず大笑いしている人を見て、タイムスリッパーだと言っていた。みごとな表現で感心した。松ちゃんはやっぱりすごいなあ。 残念だけど、そんな楽しい旅の1コマは、もうなかなか見られなくなっている。個人的には、もう見られないのではないかと思っている。

聖火リレーと桜

 今週、聖火リレーがスタートした。観覧者もあるようだが、まばらである。今日はリレーがはじまって初の週末だが、それほど混雑はしないだろうと思っている。組織委員会は「密になったら中止もあり得る」と言っている。これは脅迫だ。 Twitterで「政府やスポンサー企業は沿道に人を集めようとするだろう。いないと困るから。だが、そんなところに行かされるより行ってはいけないと言われてる桜の下に腰をおろしてコロナにかかった方がいい」という書き込みを見た。 But I'd rather be a free man in my grave Than living as a puppet or a slave ピエロや奴隷になるぐらいなら墓の下の自由人でありたい。 かつてジミー・クリフはそう歌った。

バズワード

 私はAIって大嫌いなんですよ。 なぜ? 正確には、AIが未来を変えるとかしたり顔でいうやつらです。未来が今とちがうのは当たり前だし、今の職業がなくなるも当たり前。あなたの家の近くに下駄屋さんありますか? 駕籠や飛脚は通ってますか? ナンセンスです。 たしかに。 ネット界隈には、大昔からバズワードってのがあるのです。ウェブ2.0とかビッグデータとか、今言う人いないでしょう? そういうふうに内容がよくわからないくせに、言葉だけが流通することが多いんです。マスコミはそういうのをこぞってとりあげる。テレビとか、雑誌とか、本とかね。大した儲けにはならないんです。でもそうやって小銭をかせふしくみができているんです。 しかもね、自分がその中にいることも気づいていないんだ。

好色7

  われらが平中の物語は、巻三十に収められています。サブタイトルは「付雑事」。恋愛の話を集めたコレクションです。十四話が収録されています。  あれ、と思いませんか。恋愛話がこんなにすくないなんて!  恋愛物語はドラマの主流です。テレビをつけてみてください。一年間に公開される映画の一覧を眺めてみてください。恋愛の描かれていない物語はあきらかに少数派であり、恋愛を描くことを主としたドラマは数多くあります。それが十四話はどう考えてもすくない。話は全部で千以上あるのです。その中で恋愛についてふれられているのが、たったの十四なんておかしいじゃないか!

好色6

  たとえば、巻二十二は藤原氏の歴史を述べたものです。大化の改新(藤原鎌足)を起点とし、摂関政治の隆盛を述べたこの巻は、当時(平安後期)の歴史を考えればたいへん重要なものです。ところが、この巻はわずか八話で終了しています。ひとつの巻に五十以上の話が収録されていることも多い『今昔物語集』においては、異例の短さであると言ってもいいでしょう。  もっとも、時間的には二五〇年ほどのできごとを描いたものですから、八つの話つまり八人の主人公がいるのは、必要にして十分であると言うべきかもしれません。

好色5

 『今昔物語集』の巻は、たとえばマンガのコミックスのように、その長さを考えて設定しているわけではありません。テーマごとに分けてあるのです。  たとえば、芥川の『藪の中』は、巻二十九第二十三話におさめられた話をもとに制作されています。巻二十九は「付悪行」という副題のとおり、悪いやつの話ばかり集めています。出てくるのは、盗人、殺し屋、強盗、強姦魔など、犯罪者ばかり。『藪の中』も、煎じ詰めれば強盗の話です。

本歌取り

  本歌取という手法は、こうしたところから発展していきました。これはたとえば『万葉集』の表現を自分の歌に埋め込み、『万葉集』に表現された感情にくわえて自分の感情を表現する手法ですが、それを行うためにはまず過去の歌をじゅうぶんに知っていなければなりません。さらに、そこに自分の感情も乗せなければなりません。ご存じのとおり和歌は五七五七七の三十一文字ですから、そのかぎられた文字数のなかに、どれだけ豊かなことが表現できるかが勝負になります。かなりの高等テクニックです。それはそのまま、これができる自分はすごく頭がキレて知識も豊富なんだよ、というアピールになります。当然のこと、それを読み解く方にも高い知的レベルが要求されます。

好色4

  藤原時平という名はご存じない方も多いでしょうが、菅原道真を九州の太宰府に左遷した人だよ、といえばご理解いただけるかもしれません。  娘を天皇の妻として、天皇の養父となることが摂関政治の要諦ですが、時平はそこまでできたにもかかわらず、摂政にも関白にもなれませんでした。そうなる前に亡くなってしまったからです。後世の物語はこれを道真の怨恨によるものとして、時平を悪役として描くものが多くつくられますが、宮中の政治のこと、じっさいにはさまざまな事情があったと思われます。政治家としてはたしかな実力の持ち主だったようで、のちに「延喜の治」と呼ばれる理想的な政治は、時平のはたらきによるところが大きいといわれています。

好色3

 『今昔物語集』に材を得た芥川の小説はいくつもありますが、今読んでも驚くのは、その卓越したアレンジ・テクニックです。いったい誰が、狐を「憑かせる」ことができる豪壮な男の話を、誰にも軽侮される男のストーリーに変えることができるでしょう。そんなことを思いつくのはまったくとんでもない。まさに天才の所業です。  ところが、『好色』にはそれがほとんど見られません。

世界の文学

 『今昔物語集』を名高いものとしたのは、芥川龍之介でした。  芥川が素材にするまで、かの集は知る人ぞ知るものでした。芥川はこれを読み、ここに所載された物語を元に処女作『鼻』を書き上げます。芥川は 歳、まだ帝大の学生でした。  素材のめずらしさもさながら、そこに披瀝された腕前のたしかなことに夏目漱石は目をみはりました。漱石にはすでに多くの門弟がありましたが、この作品をもって芥川を弟子とします。漱石はそのとき 歳、もはや晩年と呼んでいい時節を迎えており、『こころ』などの傑作を発表していました。芥川の漱石への師事は彼が死ぬまで続きましたし、その後も尊敬を失うことはありませんでした。  漱石の尽力もあって、『鼻』は芥川の文壇デビュー作になります。彼はその後も『羅生門』『芋粥』『藪の中』など、『今昔物語集』に材をとった作品を発表しました。おそらくは師も、そして編者もそうあることを望んでいたのでしょう。芥川本人も、(すくなくとも当時は)それを求めていたと思われます。  いずれにせよ、このことをきっかけに、この平安時代の物語コレクションは、知識人の間にひろまっていくことになったのです。  その後、『今昔物語集』が世界的なものになっていく過程については、ご存じの方も多いことでしょう。  芥川の小説『藪の中』を原作に、一本の映画が制作されました。黒澤明監督の『羅生門』です(映画のタイトルは『羅生門』ですが、ストーリーは『藪の中』です)。  これがカンヌで高い評価を受けたため、「世界のクロサワ」が誕生することになりました。同時に、芥川龍之介という作家の存在も、彼が素材とした『今昔物語集』の名も世界的なものとなりました。 『今昔物語集』は今なお、世界でもっとも名高い日本古典文学のひとつとなっています。これは、黒澤明の映画と芥川龍之介の小説があったためだと断じていいでしょう。

好色2

 『今昔物語集』を名高いものとしたのは、芥川龍之介でした。  芥川が素材にするまで、かの集は知る人ぞ知るものでした。芥川はこれを読み、ここに所載された物語を元に処女作『鼻』を書き上げます。芥川は 歳、まだ帝大の学生でした。  素材のめずらしさもさながら、そこに披瀝された腕前のたしかなことに夏目漱石は目をみはります。彼にはすでに多くの門弟がありましたが、この作品をもって芥川を若い弟子としました。すでに漱石は 歳、晩年と呼んでいい年齢になっており、すでに『こころ』などの傑作を発表していました。芥川の漱石への師事は彼が死ぬまで続きましたし、その後も尊敬を失うことはありませんでした。  漱石の尽力もあって、『鼻』は芥川の文壇デビュー作になります。彼はその後も『羅生門』『芋粥』『藪の中』など、『今昔物語集』に材をとった作品を発表しました。おそらくは師も編者もそうあることを望んでいましたし、芥川本人も、(すくなくとも当時は)それを求めていたといえるでしょう。  いずれにせよ、このことをきっかけに、この平安時代の物語コレクションは、知識人の間にひろまっていくことになります。

名前

  作者、ないしは編者はわかっていません。  全編に色濃く仏教の色彩が投影されており、説経用につくられたと思われる物語もあることから、これを仏教関係者なかんずく僧侶の仕事ではないかとする意見も根強くあるようですが、推論の域を出てはいません。ここには、作者・編者のクレジットが――早い話が名前がないのです。  現代の常識から考えると、これは異様なことのように思えます。  映画などでは、エンドクレジットにいくつも名前が列挙されるのが普通のことです。あそこに名前を載せたいから協力する、というような転倒したスタンスさえあると聞いたことがあります。あんなところに名前出たって誰も気づかねえよ。  近代より前の時代には、絶対にあり得なかったことです。  かつて、個人の名前は重要なものではありませんでした。ひとりの人間が、いくつも名前を持っているのが、むしろ当たり前のことだったからです。  たとえば立川談志は、前座名小よし、二つ目で小ゑん、真打で談志と3つの落語家名を持っていました。これは、名前が社会システム上の役割につけられるものであり、個人につけられるものではなかったためです。  社会システム上の役割、すなわち落語家としての重要度が変われば名前が変わる。これは当然のこととされていました。  近代以降、このスタイルは廃れます。ひとりの人間がひとつの名前を持ち、生涯それが続くという形が一般化するのです。  どうしてそんなことになったのかといえば――納税と兵役のためです。社会システム上の役割が変わったからって、ころころ名前を変えられたらたまらない。税金逃れも兵役忌避も簡単にできちゃうじゃないか。それを禁じるために、名とは個人につけられるものであるとされたのです。すなわち、「名前はひとつ、個人を表すもの」は近代国家の要請によるところがとても大きいのです。  この現象について、養老孟司先生が嘆かれていました。名前が個人につけられる重要なものとされているからこそ、人は「何者かであらねばならぬ」と思い込むようになる。強迫観念を抱く。自分探しとか個性重視とか、いずれも近代国家の成立と密接に関係しているものなんだ。人類が有史以来えんえんと抱いていた観念ではなく、むしろ新しい考え方なんだ。

二大国のコロナ対策 それが答えだ

 いまの中国とアメリカのコロナ対策を見て書くべきなのだ。全身防護服に身を包み患者を訪問し医療関係者を鼓舞した習近平。「コロナなんて鼻風邪だ」といい放ち人前に出るときあえてマスクをせずに外に出てついにみずからがコロナを罹患して入院してしまったトランプ。リーダーとして、いや、政治体制としてどちらが優れているのだろう。 大事なことがいろいろつながった。永井荷風と山田風太郎の日記はヒントになった。あれは公開しないつもりで、できなくってもいいつもりで書き綴ったのだ。

好色1

 『今昔物語集』は天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)を舞台とする千以上もの膨大な数のストーリーから成り立っています。成立は平安後期、西暦1080年ごろではないかと考えられています。  あまりふれられませんが、『今昔物語集』は歴史書としての側面があります。大化の改新や京都遷都、平将門の乱など、それまでの歴史のエポックなできごとは、歴史物語として記載されているのです。  それをひもといてみますと、東北地方を舞台とした長期にわたる戦乱「前九年の役」(1051~1062)に関しては記載があるものの、それを起因として起こった「後三年の役(1083~1087)」についてはふれられていません。そのことから、成立はその間の約20年の間ではないかと考えられています

wasteland

 そこはわたしが妻とふたりの子をもった大事な土地なのであるが、幾度となく通過し、場合によっては街をぶらつくことがあっても、感傷的になることはなかった。それはひょっとすると、自分が過去にたいする感情を失っているせいかもしれなかった。 ところが今日、駅を列車で通過しただけなのに、胸がいっぱいになった。悲しくて悲しくてたまらなくなった。そんなことははじめてのことだった。 春の陽気のせいかもしれない。わたしは子と無理矢理に離された親犬の悲痛なる叫び――わたしはそれを聞いたことがある――を、思い浮かべずにはいられなかった。そして。声に出すことはなかったが、その叫びをあげた。 (3/12)

できることしかできない

 できることしかできないのだという厳然たる事実を受け止められなかった。ひとにはできないことをという思いが強いが残念ながらまだ機は熟していないのだろう。 どうすべきはわからないが何もしないのはまったくよろしくないので(それはここにいる意味を失わさせるものだから)しよう。 なんか役に立とうとするのはあがき、たぶん俺に許された数すくないあがき

もっとも困難なこと

 自分の数少ない経験から、確実に言えること。 ものごとをはじめるのは容易だが、 終わるのは困難だ。 もっとも難しいのは続けることである。 半藤一利が言っていた。日本人は、アクションにたいして、短絡的に結果を求める。大局的にものごとを見ることができない。 これはほんとにそうで、例をいくつもあげることができる。 とはいえ、これは長所でもある。成否の判断が早いということだからだ。 (そのわりには、勝てるはずのないいくさをずいぶん長くやってたんだが) ものごとを長く見ようとしないのは、多くは経済的理由からだろう。 それができない人が多いことこそ、自分がやるべきだと思っている。

ドン・キホーテ

 ドン・キホーテの物語は17世紀初頭に出版されている。前後編のうち前編はすでにベストセラーとなっていたが、版権を売り渡していたため作者セルバンテスにはまったく利潤をもたらさなかったという。 ドストエフスキーはこの小説を高く評価し、「人間の魂の最も深い、最も不思議な一面が、人の心の洞察者である偉大な詩人によって、ここに見事にえぐり出されている」、「人類の天才によって作られたあらゆる書物の中で、最も偉大で最ももの悲しいこの書物」と語っている。 17世紀には、狂気を滑稽で描く手法が確立しているのだ。

トランプ

 今アメリカに起こっている分断と、それを称揚する大統領は、この時代だからこそ生まれたものだろう。裁判にすらなっている民主主義の殿堂、連邦議会への襲撃をうながす演説は、すでにこの国で民主主義が滅びかかっていることを表している。注目すべきは、彼が敗れたことではない。すこし前なら支持されるはずのない彼の意見が、多くの人に支持されているという事実だ。トランプはたしかにアメリカにふきだまっている意志を集めて大統領になった人だった。

来る

  ひどく怖かった。  デスクの灯りをつけ、なにか楽しいことを考えようと思った。どうしてもできなかった。さみしくてさみしくて、死んだほうがずっといいと思った。風がガタガタと窓を揺らす。救急車のサイレンの音が聞こえる。誰かが死ぬのを待っている。  風がふたたび音をたてた。なにか伝えたいけれど、うまく言えないので小声でうなっている。サイレンの呼びかけに応じるように犬がほえた。すごく気が滅入って、おそろしかった。  肩に這い上ってくるものがある。小さなクモだった。思わずたたきつぶすと、緑色の体液が手についた。それをティッシュでぬぐいながら、ああこれは何かいやなことが起こる前ぶれにちがいないと考えた。なにか魔除けのまじないはないものかと思った。  まるでなにかが呼び寄せたように、ふたりの男が戸口に現れた。  とりあえずは不運ではないと思った。わたしはここが――いや、鈴村さんが好きじゃなかった。ここから連れ出してくれるなら、喜ぶべきことかもしれない。彼らがここからどこに連れていこうとしているかは知っていた。痛いし、気持ち悪いし、臭い。それでも、ここよりずっとましだと思った。

方丈記

 佐藤春夫が『方丈記』を訳して出版したのは1937年で、そろそろ自由にモノが書けなくなってきたころだ。45歳である。 「ゆく川の流れは絶えずして」にはじまる冒頭を知らない人はいないわけで、それを訳すのは抵抗もあったことだろう。 その全文に今日はじめて接したわけだが、面白かった。 わけても、貧窮にあえぐ都で、まき用の木が売られていて、自宅の壁などを売りに出しているのだが、中に金箔の入ったものがある。それは寺院などを壊して持ってきたものだ、との記述に、そらおそろしい気がした。そこまで貧困は進んでいたのだ。 ほかにも、戒律を守るつもりがなくても人とコミュニケーションをとらぬ世捨て人は必然的に戒を守ってしまう、との記述になるほどと思ったりした。 人より古文に親しむことができる立場にありながら、読まねばならないもの以外は読まない。現代語訳は本当にありがたい。

ラジオ

 ラジオは時間を共有することが大きなウェイトを占めるメディアだった。テレビも同様だがその側面はラジオのほうが強かったと思う。ビデオのタイマー録画はけっこう一般化したが、ラジオはそうならなかったと感じている。 それも崩れはじめていると感じている。聞き逃し配信は普通のことだし、YouTubeに代表される動画共有サイトにあがるのも当たり前になった。当初は海賊音源、著作権法違反のアンオフィシャルが多かったが、今はたいがいの番組が自分のチャンネルをもっている。 海賊でも基本的に音質劣化はない。

アジア系アメリカ人へのヘイトクライム

 トランプ元大統領がコロナウィルスを「チャイナウィルス」「武漢ウィルス」と呼んでいるというのは日本でも報道された。カンフルー(Kung flu)という呼び名は知らなかったがそれだけ聞いてもたぶん何も思わなかっただろう。トランプ氏が口が悪いのは今にはじまったものじゃない。「コロナなんて鼻風邪だ」「借金なんてピーナツだ」ってのもあった。 擁護するつもりはないが、馬鹿っぽい表現、嫌いじゃないですね。アメリカ人らしくて。日本人はなかなか言えないじゃないこういうこと。 しかし、これがヘイトクライムを起こしていることを知った。アジア系アメリカ人への暴力はコロナのフラストレーションのはけ口となり、何人もの老人が暴行されたほか、公衆の面前で痛罵された人もいる。 もう一度言おう、標的になっているのはアジア人だ。日本人もここにふくまれる。日本人・朝鮮人・中国人、見分けがつくはずないしつけるつもりもないだろう。 俺たちは差別されてるんだ! もっと怒るべきだ、声をあげるべきだ。なぜ黙っているんだ。

長明の行動力

 『方丈記』といえば隠者の文学と呼ばれることも多く、方丈とは四方が一丈であること、作者の鴨長明が僧職であることなどある諦念を描いた作品だろうと思っていた。 ところが、長明という人はすさまじい行動力のある人だった。 『方丈記』は長明が京に帰り着いてからぬ作品である。それまで彼は旅をしていたのだ。どこへ? 鎌倉へだ。京→鎌倉はめったやたらに遠かった。その長旅をできる人であったのだ。 鎌倉で長明は実朝に会っているが、約束していたわけではない。すなわち、京を出るときには目的のないぶらり旅だったのである。 数百キロの道のりを数日かけて歩き、約束もないのに将軍に会いに行く男。 断じて、隠者ではない。

橋のこちらは現世だった。しかし、橋をわたって新しく彼女が住んだ世界は死後の世界だった 彼女は祖父のエレキギターを得る。日本に講演旅行にやってきた楽団のギタリストが忘れていったものだと説明されたが、そんなことがあるだろうか。よくわからないが、それが彼女の運命を切り開く。友達なんかいなかったけど、仲間ができた。それより大切なことがあるだろうか。 これはちょっとうまくいきすぎだと思った。自分の幸運に疑いをさしはさむようなことがケイにはあったのだ。 ひどくこわい。

翻案、煙草、荷風

 自分だけができることをしたいと思っていた。 どういうきっかけか、自分が縁ぶかいそれを、翻案できないかと思い立った。 それはもはや、自分しかしないことだった。見返りがあることがわからないから、誰も手をつけないものだった。 煙草は大好きだったが、あんまりおいしくないなあと思った。 気持ち悪くなる。以前もそれでよしている。 永井荷風さんは庶民でありつつ、記録を残している。 こういうものこそ求められているのかもと思っている。 荷風さんは自分の営為がいずれ誰かに求められるとはまるで思っていない。

知性

 米国の死者数は第二次世界大戦もベトナム戦争も超えたそうで、まさに未曾有の事態です。どうしたらいいかは誰もわからない。しかし、どうなったらいけないかは明白で、それを知るのが知性だと知りました。当然、知性ある者にはそうなる道筋もわかっています。 ただし、そちらに行ってしまったものを食い止める力はありません。 慨嘆はせざるを得ないでしょう。 ああ誤ったほうに行っている。 わたしたちは試されている。 愚かなのか賢いのか。大人なのか子供なのか。これは試練の時である。

与太郎

 柳家小三治の与太郎話『道具屋』で与太郎が言ってた。 「おじさん、鯉のつかまえかた知ってるかい。上にたらい用意して、水をかけて滝だ滝だって言うと登ってくるんだよ。そこをぐっとつかむんだ」 「おまえ、なんか言うのやめろ!」 立川談志だったかな、与太郎は哲学者だって言ってた。 そのとおりだと思います。 調べたところ、じっさいのコイが滝を登ることはないらしい。 泳力が足りないそうで。 現実ってのはいつだってつまらない。

マスク

 今はホームレスマンだってマスクをつけている。学生とかサラリーマンにはアゴにひっかけているような、マスクの意味のないのがけっこうある。それに比べるとよほどきちんとしている。 マスク姿の外国人を見たとき、ああコロナは差別しないなと思った。彼が男であろうと女であろうと。老いていようが若かろうが。どんな人種であってもどんな言語を話していても。 そして、貧しい者も富める者も。なんて平等なんだろう。