世界の文学
『今昔物語集』を名高いものとしたのは、芥川龍之介でした。
芥川が素材にするまで、かの集は知る人ぞ知るものでした。芥川はこれを読み、ここに所載された物語を元に処女作『鼻』を書き上げます。芥川は 歳、まだ帝大の学生でした。
素材のめずらしさもさながら、そこに披瀝された腕前のたしかなことに夏目漱石は目をみはりました。漱石にはすでに多くの門弟がありましたが、この作品をもって芥川を弟子とします。漱石はそのとき 歳、もはや晩年と呼んでいい時節を迎えており、『こころ』などの傑作を発表していました。芥川の漱石への師事は彼が死ぬまで続きましたし、その後も尊敬を失うことはありませんでした。
漱石の尽力もあって、『鼻』は芥川の文壇デビュー作になります。彼はその後も『羅生門』『芋粥』『藪の中』など、『今昔物語集』に材をとった作品を発表しました。おそらくは師も、そして編者もそうあることを望んでいたのでしょう。芥川本人も、(すくなくとも当時は)それを求めていたと思われます。
いずれにせよ、このことをきっかけに、この平安時代の物語コレクションは、知識人の間にひろまっていくことになったのです。
その後、『今昔物語集』が世界的なものになっていく過程については、ご存じの方も多いことでしょう。
芥川の小説『藪の中』を原作に、一本の映画が制作されました。黒澤明監督の『羅生門』です(映画のタイトルは『羅生門』ですが、ストーリーは『藪の中』です)。
これがカンヌで高い評価を受けたため、「世界のクロサワ」が誕生することになりました。同時に、芥川龍之介という作家の存在も、彼が素材とした『今昔物語集』の名も世界的なものとなりました。
『今昔物語集』は今なお、世界でもっとも名高い日本古典文学のひとつとなっています。これは、黒澤明の映画と芥川龍之介の小説があったためだと断じていいでしょう。
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