好色4
藤原時平という名はご存じない方も多いでしょうが、菅原道真を九州の太宰府に左遷した人だよ、といえばご理解いただけるかもしれません。
娘を天皇の妻として、天皇の養父となることが摂関政治の要諦ですが、時平はそこまでできたにもかかわらず、摂政にも関白にもなれませんでした。そうなる前に亡くなってしまったからです。後世の物語はこれを道真の怨恨によるものとして、時平を悪役として描くものが多くつくられますが、宮中の政治のこと、じっさいにはさまざまな事情があったと思われます。政治家としてはたしかな実力の持ち主だったようで、のちに「延喜の治」と呼ばれる理想的な政治は、時平のはたらきによるところが大きいといわれています。
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