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終わり

 ものごとには終わりがあるのだが、断脳亭をどう終わらせたらいいかまったくわからなかった。これは要するにコロナ禍とコロナに於ける日本人であって、そこに自分を介在させるアイデアである。一般の人ではないからこそ、おもしろく表現できるのではないかと思ったのだ。 ところが、事態は継続中なのだ。呪われた祭典東京オリンピックはまさに今たけなわ、日本ははじめて感染爆発という事態を迎えている。なにも終わってはいない。むしろこれがはじまりだろう。 それが、クライマックスを迎えつつあるということに気づいた。すくなくとも第一部完結には 本日、東京都の感染者が4000名を超えた。 ロックダウンは4日以降にしてくれよ、とはじめて思った。

一万を超えた日

 人の意識が変わってきている。 近くにいるからビールでもどうかと誘われた。所用あって行けなかったが、誰よりも人との会食を嫌っていた者である。首相は人流は減っていると言ったが、どう見てもそうは見えない。 緊急事態宣言の肝である時短営業に応じない飲食店も増えているという。当然だ、ガマンばかり強いてそれに対する恩賞はなしだったら従うだけ損するだけじゃないか。残念だがそこまでみんなお人好しじゃない。人の命を守るために自分の命を危うくはしない。 オリンピックがやっているので緊急事態宣言にしたがわず気がゆるむという心理的効果があるという。たぶん、そうだ。 そして今日。感染者が全国ではじめて1万を超えた。いちばんひどい状況になっているのに、人は感染に気を遣わない。 感染者がすくないのでオリンピック中止なんてバカバカしいと言ってた下品なやつ死なねえかな。 世の中どんどん悪くなるって清志郎が歌ってたっけ。たしかウィルスって曲だよ。

はやる

 本日、東京都の新型コロナウイルスの感染者が3177人報告されたと発表された。3000人を超えるのは初だそうで。 オリンピックなんかまったく興味がなく、メダルを得たといってもだから何よと言っちゃうような人間は、じつは感染者数もっと上がらねえかなと思っている。政府の要人誰か死なねえかな。もっと混乱したらどうなるか見たいんだ。非国民である。 とはいえ4日のイベントは無事遂行されねばならぬと思った。

髪を切った

 髪を切りに行った。先月も行ったので二ヶ月連続で、ここしばらくなかったことだ。 むろん、彼に会うことが決まっているからだ。彼に会うことより大事なことなんかあるもんか、と幾度となく思った。

望まれてないイベントの末路

 https://mainichi.jp/articles/20210722/k00/00m/050/057000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20210722 ラーメンズはテレビに出ずにステージとソフト販売で成立させる新しいビジネスのかたちを提示したコントコンビだった。 今回、ユダヤ人虐殺をネタにしたとして取り上げられたのは、まだ彼らがテレビ出演しているころ、若手芸人だったころのネタである。小山田はよく調べて人選したらいいじゃんと思い、人選した者の不明と粗雑な対応を感じずにはいられなかったが、今回の小林解任騒動はむしろこの事実を見つけた者に驚きを禁じ得ない。自分はかなり熱心なラーメンズ・ファンだったが、このネタは知らなかった。 これを発掘したのはSNSアカウント、それが拡散されて今回の騒動に至ったという。 ほんとよくめっけたなー。 管首相の言うように、五輪を希望と勇気をとどける平和の祭典と考え、誰もがイベントの成功を願っているなら、こんなことは起きないのだ。拡散とは同意である。悪意のあるアカウントが過去の映像を拾ってきたとしても、それを広めることがよいことと思えなければ、みな広めようとはしない。 五輪はみなが失敗すればいいと思っているのだ。国民の半数以上が中止すべきだと考えていた、強行するなんて絶対におかしい。 みなそう感じている。 たたいてホコリの出ない人なんていない。これからもいろいろ出るだろう。

ものごとが終わるとき

 ものごとが終わるのはたいがい他力である。自分がどんなに続けたいと願っても、最終回はきてしまう。そうでないものは相当にすごいのだ。笑点なんて見ろ、司会者が引退しようが死のうがかまわず続けられている。そうそうない。 もうひとつ、自力ではじめ自力で続けるものがある。経済事情がからまないものが多い(経済事情とは多くの場合他力である)。それは、終わるときは自分でやめるのだ。 できるかぎり続けていこう。それが終わるとき、それは俺が終わるときだ。

呪われた大会

 小山田氏辞任に大会関係者「呪われている」 組織委の責任問う声 https://mainichi.jp/articles/20210719/k00/00m/050/325000c?cx_fm=mailasa&cx_ml=article&cx_mdate=20210720 お粗末なのは小山田ではなく、おそらくはネームバリューだけで彼を選んだ運営側だろう。小山田の過去のいじめは大会以前から何度かあきらかにされており、すこし調べりゃわかることだった。 デザインの盗作にはじまり、延期があって無観客開催になって、寸前にこの事件。なんなんだろうこれは。本当に呪われてるんじゃないか。これで医療崩壊したらほんとしゃれにならないぜ。 断じて言わねばならない。 作品に罪はない。小山田の楽曲の素晴らしさはいささかも失われない。 カンチガイすんなよみんな。教科書にのってたからみんな走れメロス読んだろ。ヤク中でアル中で奥さん以外の女と入水自殺した男の書いた話だぜ。作品がすばらしければいいって国なんだここは!

楽観の日本

 日本人の重大な性癖のひとつをあげるならば、「楽観的予測を立て、それをもとに準備をするので大失敗する」ということがあげられる。 幕末、浦賀に黒船がやってきて日本は開国をせまられるが、断じて予測できないことではなかった。幕府はオランダと取引していたから欧州ならびに世界の事情は知っていた。アヘン戦争で清がイギリスに手痛くたたかれ、その後いちじるしく権利を制限されていることも知っていた。アメリカが英仏が来日できない間隙を縫って日本に来ることがあり得ることももちろん承知していた。 にもかかわらず、その情報は周知されなかった。理由はいろいろあるだろうが、「アメリカの軍艦なんか来るはずない」という楽観的見通しがあったことは否めない。 終戦前、日本の敗戦を決定的にしたのは、ソ連(ロシア)の参戦だった。ソ連は不可侵条約を結んでいたから長く攻めてくることはなかった。しかし、そのときすでに条約は破棄されており、ソ連は日本侵攻に向けて準備をはじめていた。国境を接する満州でそれに気づかないはずはない。知っていたのだが、例によって「ソ連は攻めてこない」という楽観的見通しをたてた。 日本が過去に楽観的予測に基づき大失態をおかしていることは、『シン・ゴジラ』にも描かれていた。周知の事実であり、あの映画は「それじゃダメだ」と声高に主張する作品でもあった。 ところが――またお家芸を見た。どうも為政者どもは、反省することができないらしい。 コロナウィルスが猛威をふるい、全世界に感染者があふれた。日本は幸いにも欧米ほど 手ひどい目にあわずに済んだが、終わったわけではない。オリンピックの開催時期と大流行が重なることはじゅうぶんにあり得た。 しかし、例によって考えたのだ。「そんなこと、起こるはずないよ」 酒類の販売も考えられ、有観客での開催が期待された。どちらも、できなかった。コロナが猛威をふるいはじめたからだ。もともとそれを想定外において立案された予定は、ほとんどが変更されねばならなかった。 またかよと思いつつ、同じ例があったことに思い当たった。原発事故だ。 学者の意見の中には、過去に巨大な津波が襲った例があること、したがってきわめて危険であることを指摘したものもあったが、もちろん聞き入れられなかった。「そんなでかい津波なんてきませんよ」根拠のない楽観が、あの地を死の街にした。 どうやら塗る薬がな...

会計

 人に会わないことが正義であり、ひきこもることが望まれていることなのだ。 何度目かの緊急事態宣言が出て、県境を越えて移動すること人と交歓することが推奨されていないことは事実だった。ありていにいえば、おまえは人と交わるなと言われているわけだった。 対処策とされたのはリモートワークだった。通勤しないで家でできることは家でひとりでやりましょう。中小企業にこれが徹底されておらず、通勤ラッシュの緩和にあまり役だってないことが報じられ、そりゃそうだろうなと思った。人と会わずに、しかし会社組織でもっとも肝要とされる上司部下のつながりを維持するためには、人に会わずに成せるはずがない。ツバを飛ばしてお小言を言う上司や、それを早く終わって思って頭を垂れて聞いている部下が必要なのだ。そんなことは仕事の本質じゃない? いいや俺はそうは思わない。統計をとったところでマトモな答えが返ってくるとは思えない質問の統計が役に立つとは思えないが、会社組織に必要なのは理不尽なことが飲み込んでしまう人間関係なのだ。人間関係がモニタごしであることは不満であるかもしれないがそれができるあなたは一定の企業につとめていることを誇りに思うべきだろう。多くの企業は、そのシステムを構築維持するための資金がない。それを成すための知識がない。それはすなわち会社の会計上ムリだってことなんだ。

分断1

  わたしは、自分の持ち家に住んだことがなかった。父の職業の事情でわたしは3年ほどで県をまたいで移動した。すべてが変わった。その日から友も教師も変わった。好きな女の子もいなくなった。言葉も習慣も、こまかいことを言えば授業の進度もちがった。私が得たものは、「目の前のその光景はある日とつぜん変わってしまうものなのだ」ということだった。愛も友情も嘘っぱちだと思っていた。ときおりシリアスな文芸作品などで人間不信などを描くものがあるが何を当然のことを繰りのべているのだろうと思っていた。 そんな人間に永続的な家庭生活など送れるはずもなかった。私は誰かの愛情を信じていなかったし、ベッドタウンA市に住みたがることもまるで理解できなかった。そんな、ある日とつぜん変わるようなことを信じてどうしようっていうんだ。 そういう考えの人間が誰かとともに暮らせるはずがない。目の前の風景はいつかは変わると思っているから、誰も信用してなかったのだ。この世さえも現実とは思わなかった。 そして今。わたしはそれを身をもって証明している。何もかもがくだらねえ。そんな気持ちだけが本物だった。 1月1日に生まれた。祝ってもらったことがなかった。

悪いやつ

 悪いやつが増えているのでは、ない。もともと悪いやつはたくさんいたのだが、見えなくなっていたのだ。いわゆる巨悪は、厳然としてあった。巨悪であるがゆえに、バレずにやった。選挙違反とか賄賂とか、脱税とか殺人とか。やりたい放題やってもバレなかった。見えないようにやるには関係者をだまらせておけばいい。たいがいのやつは金で言うことを聞く。だまらせられないのは金がすくないからだ。 わかりやすい例をあげると、多目的トイレで多目的なことをした人は、女に1万円しかあげなかった。だからチクられたんだよ。10万あげときゃだまってたはずだ。人を金で売るやつは金で動く。 オリンピック開催にこだわってる人。すこしだけ儲かる。

ロッキン中止

 4度目の緊急事態宣言の発出が決まった。ワクチンは普及してきて、高齢者の接種は終わっている。 https://rockinon.com/news/detail/199548 そんな中、茨城県医師会の要請を受け、ロック・イン・ジャパン・フェスティバルの開催が中止された。主催者の渋谷さんのコメントは立派だったし、医師会の要請にも疑問を呈している。 橋下徹氏はロッキン中止なら五輪も中止にしないと「国民は言うこときかない」と主張しているが、せめて無観客にしないと暴動が起きるだろう。 https://www.daily.co.jp/gossip/2021/07/08/0014482543.shtml てゆうか、ここで暴動が起きないなんてどうなんだと思う。

クレーム

 私は手や足は悪いがおかげさまで口は達者なので、あなたの怠慢を報告することができます。 怠慢? ええ、職務怠慢です。あなたの上の人にご報告申し上げたい。とりあえず、このお店の責任者――店長をお呼び願えますか。 私は店長とは組織がちがいます。 了解いたしました。あなたの上の人に言いましょう。ただ、あなたからご連絡いただくわけにはいかない。これから私はあなたについてご報告するのですから、あなたの手をわずらわせたらおかしなことになるではありませんか。店長にお聞きします。 あなたが福祉目的税を払いたくないならば税務署にそう申告しましょう。私もあなたの世話にはなりたくない。せいぜい月に数円、多くても数十円だとは思いますがあなたのお世話になりたくはありません。払わなくていいように交渉しましょう。交渉するだけで効果があるとは思えません。なにせ納税は国民の義務です。それを免除されるとなれば相当の理由がなければならない。ちょっとあなたにそれがあるようには思えませんが、言うのはタダですし、やってみるということでよろしいでしょうか。事由は、「私は社会的弱者を保護したいとは思いません。障がい者なんか保護したくないし高齢者や幼児もまっぴらごめんだ、でよろしいですか」

日本のITがダメになった瞬間

 たたいてホコリが出ない人なんかいない。大人になれば最低でも二十年以上は生きてるのだから、調べればなんかやってる。ホリエさんの逮捕拘留、ライブドア解体はそういうことだったのだろうと思う。 日本のITがダメになったのはあの瞬間だという人がいて、なるほどなと思った。 (6/27)

詳しいことは謙虚に話す

 友人が「人は聞きかじったことは雄弁に語り、本当に詳しいことは謙虚に話す。」と語っていた。そうかなと思ったが、たぶんそうなんだろうと気づいた。 我が身を振り返ると好きなことは語らない。なぜって、自分より好きな人がいないから、話が合わないので語らないのである。そして、好きなればこそ自分の知識が中途半端であることがわかるのだ。世の中にはもっと詳しい人がある。その視点は好きだからこそ持ち得ているのである。 対して、聞きかじったことは雄弁に語れる。それにたいする愛情や思い入れがないからだ。

オリンピックの小学生の強制観覧に反対します

 ツイッターに以下の書き込みがあった。 東京都の中学校教育現場からメッセージが届きました。「7/28にオリンピック観戦が予定されています。ビーチボールバレーで、お台場の砂浜でマスクしたまま炎天下、黙って観戦です。授業の一環なので休むと欠席となります。東京都教育委員会にメールしましたが、無視されております」 ひどいプログラムはまだ生きているらしい。 断じて反対します。チケット買って入るんならいいさ。強制はサイアクだ。コロナがなくったって子どもをそこに連れてくのは違うだろ。

食器へのこだわり

 自分は食器にこだわりがない。高価な焼き物や陶器なども持ってはいない。 ある日、気づいた。 「食器使い捨てでいいんだな」 どうせ食器なんて100円ショップで買うのだ。適当に洗って茶渋のようなものがついて汚れてきたら買い換えたらいい。それでも100円なら痛くはない。 そういう当然のことに思い至らず、食器はていねいに洗うって干すという習慣が身についてしまっていた。案外そういうもので、長年当然としてきた習慣は合理的でないものがいくらでもある。しかし、それが合理的ではないことに気づかない。そんなのはたぶんいくらもあるだろう。老害が生起するメカニズムの一端を知った気がした。 私のコーヒーカップは白無地のプラスチック製である。落としても割れないからである。機能性だけで選択した結果だ。

泣いた赤鬼

 私は残りの人生を耐えることに使いたくなかった。そのために家を出た。彼女の悪口は言いたくないから言わないが、そのまま家にいたら私は自分と向き合わねばならないだろう。それが嫌だった。 そのむくいはじゅうぶんに受けている、と思っている。私は泣いた。

伊豆の踊子

 断脳亭日乗 分断がテーマ 伊豆の踊子は差別との戦いがひとつのテーマ 同じ鍋に箸をつっこんで食うことはよろしくないといわれている。あれは衛生上発達したものだといえるだろう。今、鍋に箸を突っ込んで食いたくない。 それはキスやセックスの減少につながる