食器へのこだわり
自分は食器にこだわりがない。高価な焼き物や陶器なども持ってはいない。
ある日、気づいた。
「食器使い捨てでいいんだな」
どうせ食器なんて100円ショップで買うのだ。適当に洗って茶渋のようなものがついて汚れてきたら買い換えたらいい。それでも100円なら痛くはない。
そういう当然のことに思い至らず、食器はていねいに洗うって干すという習慣が身についてしまっていた。案外そういうもので、長年当然としてきた習慣は合理的でないものがいくらでもある。しかし、それが合理的ではないことに気づかない。そんなのはたぶんいくらもあるだろう。老害が生起するメカニズムの一端を知った気がした。
私のコーヒーカップは白無地のプラスチック製である。落としても割れないからである。機能性だけで選択した結果だ。
コメント
コメントを投稿