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1337の大晦日

 ずいぶん世間とは隔絶された生活をしているから、時事ネタは説得力がないと思っているが、今日のことはたぶん忘れない。 コロナ感染者はいつ1000人を超えてもおかしくはないと思っていたが、今日は1337人だという。 いきなり増えてびっくりした。みんなそうなんじゃないか。2020年の大晦日は忘れられないものになった。これもみんなそうだろう。 前にも言ったが、コロナを罹患しても治癒するから問題ないというのはおかしな話だ。これが入院して治療しなければ治らない病気であり、伝染病であることが問題なのだ。

 気楽にできると思って書きはじめたが、結局全部組み立て直しだった。組み立て直しの時間はたいしてかかってないが、そこにいたるまでの時間はおそろしくかかっている。ここが省略できたらいいんだがそれはできないのかもしれない。 いいものができたと思っている。ただしそれは自分の評価でそれが価値を決定することは永遠にない。 今夜は風がつよい。音を立てて吹いている。

テレビ

 日常的に親しめる映像メディアがテレビだけだったころ、ほとんどテレビを見なかった。騒がしいのは好きじゃなかったし、当時はみんながテレビを見ていた。みんながしていることをやるのが嫌だった。 今、テレビをよく見ている。われながらびっくりするぐらい見ている。たいがいは録画してみるが、日に三作はある。昔に比べりゃ予算のすくないせこい番組ばかりだろうな、とは思うんだが、おもしろがっている。見ている人がすくないのが気に入ってるのかもな。

大雁塔から渭水が見える

 井上靖の『敦煌』は「大雁塔から渭水が見える」という描写ではじまっているそうだ。 大雁塔は長安(西安)最大のモニュメントであり、玄奘三蔵(三蔵法師)から種々の経典を持ち帰ったのちに建てられた経典翻訳の拠点・慈恩寺の中心にある。いわば長安の中心である。唐時代の長安はシルクロードを通して砂漠の民が、日本からは遣唐使が行っていた。大雁塔とは当時の世界の中心に建てられた塔である。 そんな大雁塔から渭水が見えるとはみごとな書き出しだが、当時の井上靖さんは敦煌はむろんのこと長安にも行ったことなかったという。

無気力製造工場

 無気力製造工場。90年代に鶴見斉さんが出した本のタイトルだ。ベストセラーになった『完全自殺マニュアル』は読んだはずだが、こちらはたぶん、読んでない。今調べたら絶版になっていて、電子化もされてないようだ。売れないと思われてるってこってすな。90年代の本は電子化するために入力が必要なので、その人件費が回収できる目算が立たないと出版されない。今は著者もテキストで書くのが普通だし本の版下(印刷する原盤)もデジタルなので電子化はスムーズだ。いいかい、今電子化されない本は誰かが圧力かけてそれをさせてないんだ。経済的理由じゃない。 脱線した。 無気力製造工場っていいタイトルだなあと思ったんだ。今の自分の状態を表すもっとも適当な言葉だと思った。

美しい女と嘘

平安時代には美しく長い髪を持っていることが美女の条件だったそうで、藤原芳子という人は車に乗っても、髪のはしは母屋にあった、と『大鏡』にある。 ブルー・チアーが野外でコンサートを行ったとき、あまりの音のでかさに近くの湖面にさざ波が立った。 ……という話をしたら、友達が「そんなはずあるか」と言った。 ブルー・チアーは世界最初のヘビーメタルバンドといわれる。藤原芳子の話も似たものがあると思っている。

死なないから問題なんだ

 コロナを罹患したからといって、問題ではない。 既往症がなければ、老人でなければ、それは治癒する。二週間病院に入ってればいいだけだ。 ……と、考えて甘く見る者は愚か者である。 死ぬことが問題なのではない。二週間病院に入っていなければ治らないことが問題なのだ。 感染者が増えれば入院患者が増える。二週間ベッドを離れられない患者が増える。 それが医療にとってどれほど問題か。テレビなどのメディアはこの点をもっともっとわかりやすく指摘すべきだ。 なぜかって、死なないから安心して年末年始移動し、死なないから安心して忘年会新年会をやり、死なないから安心して初詣して人混みをつくるやつがいるからだ。 死なないから大丈夫さ。 そんなの問題じゃねえんだ。死んだっていいんだよおまえなんか。おまえみたいなやつを、二週間も病院に入れなきゃいけない、それが問題なんだ。 年が明けてからが恐ろしい。

冬至とクリスマス

 冬至とクリスマスは関係あるのではないか。そう思って調べてみると、やはり北欧のキリスト教伝来以前の冬至の祭りが変化したものらしい。 北欧のような北国では春が待ち遠しい。白夜があるほど緯度が高く、寒さが厳しいところである。冬至は明日から日が延びる日だ。特別なものだったことはまちがいない。 ……と、いうようなことを、この歳になるまでまったく気づかなかった。 サンタさんにしてもモミの木(寒さに強い常緑樹)にしてもトナカイにしても、北欧の習俗に由来することは知っていたが、それでもなおクリスマスが冬至だということに思いあたらなかった。 たぶん、自然と切り離されているせいだろう。 日の長さなんて気にしたことがないせいだ。

遠い海へ旅に出た私の恋人

 以前はひんぱんに会っていたけれど、今はもう会うことはない。連絡もとっていないから、どうしているのか知らない。そんな知人が、きっと誰にもあることだろう。自分にも何人もある。それはとりもなおさず、向こうにとっての自分がそういう存在だってことだ。 もう会うことはないし消息を伝えてもいないのならば死んだことと同じことだろう。でもどうしてだろう、不意に亡くなったことを知ったときのさみしさは。

失われた週末

 日曜日から3日間、酒びたりであった。寝ていないときは酔っていた。ずっとひとりだった。ジョン・レノンに失われた週末ってエピソードがあったな、これはまさにそれだと思っていた。(調べたら映画が元ネタだということを知った)。 わかったことは、自分は酒がもともと得意ではないから、ある程度飲むと気持ち悪くなるということだった。失われた週末はない。 黒い蛇というタイトルを思いついて、これはなかなかいいアイデアじゃないかと思ったが酔っ払いの妄想かもしれない。とはいえほかに考えることもないからずっと考えていた。 驚くべきことに、あれほど印象的だったのに、翌朝には忘れていたことだった。記憶力の減退は知ってはいたがここまでとはね。Google音声入力によってメモしてなかったら思い出すこともできなかっただろう。 酔っ払いのくせにメモを残しておいたのは何より自分の記憶力を信用してないからだ。

志ん朝ウィルスを語る

 イギリスでは変異したコロナウィルスが猛威をふるい、外出制限や渡航禁止になっているという。 https://www.bbc.com/japanese/55382567 これは感染力ばかりでなく殺傷力も高いという。殺傷力のほうは事実無根とされているが、開発流通しはじめたワクチンがこれに適合するかどうかもわからない。 古今亭志ん朝が言ってた。 「昔はウィルスなんて大したことなかったんです。風邪ひいたって言うとね、卵酒あおって暖かくして寝れば翌朝には治ってた。最近のはそうはいかない。やつらも修羅場くぐってますからね、強さがちがう」 (『羽織の遊び』マクラ) 昭和の終わりの発言である。 クリスマスシーズン、EU離脱をふくめ、英国は相当にやばい位置にいる。

国司と郡司

 大和朝廷は、「国」(陸奥国など)の下に「郡」を置いて地方を管理していた。中央が任命する「国司」の下に「郡司」がおいた。 地方づとめは都から離れなければならないわけだから歓迎されてはいなかったが、一方でうまみもあった。地方官をつとめれば、大量の賄賂やつけとどけを受け取ることができる。地方につとめるとは、裕福になることだった。 郡司は国司にまったく頭があがらなかったらしい。法要に布施するはずの供物を横取りされても、それが国司だったならば郡司は何も言えなかった。(今昔物語集現代語訳/巻二十第三十六話) https://hon-yak.net/20-36/

彼女のウィルス 原案1

 「ああ、ブラウザの拡張機能にウィルス仕込んでんのか。どこかサイトにアクセスする前にかならず自分のところにアクセスするようにする。そのことによって、そいつがどこに行きたいか、何を知りたいかわかるわけだ」  ヨーコは髪をかきあげながらそういった。 「うーん、なんか許せないなあ。どうしたらいいだろう」  ヨーコはシロ吉をじっと見る。 「二カ所経由だからバレるかもしれないけど」  ヨーコは拡張機能のコードをすこしいじった。そのうえで、自動でアップデートがかかるようにした。 「警視庁のサイバー課を経由するようにした。誰かは気づくだろう。  数日後、この件がニュースになった。アンチウィルスの会社K社が発見したことになっていた。 「んーKか」 かたきうちをしようとしている それがもくてきなのだ https://japanese.engadget.com/chrome-edge-add-ons-malware-3-million-093005127.html

折口信夫1

 沖縄の島では、村長も、巡査も、勢力がなく、さういふ巫女が一番勢力がある。其女の言葉で、下々が動いて居る。其は他人の想像では訣らぬ所です。うつかりすると、どんな目に会はされるか訣らぬ。其巫女のいふ通りに皆が動くので、下手な事を言へば殺されるかも知れないのであります。そして殺されゝば、痕跡も止めないやうな事になつてしまふのです。全体さういふ女の夫になるものは、神の呪ひに依つて、早く死ぬといふので、巫女の夫になるといふ事は非常に嫌ひます。其外、寡婦の巫女、其から亭主を持ちながら祭りの時だけ処女の生活をする巫女と、かう三つあるのです。 https://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/46950_27949.html

恋愛・性交・宗教

 折口信夫「 古代生活に見えた恋愛 」によれば、『万葉集』の恋の歌は、ほとんどが創作されたものであるという。実際にそういう恋愛があったのではない。ここに三角関係を詠んだ歌があったとして、そういう三角関係が実際にあったかといえば、たぶん、なかった。歌をつくる人の頭の中だけにあったのだ。 歌は、男女で交わされる知的な遊戯であった。それが残ったのが『万葉集』である。 それは古代の恋愛観の反映であり、恋愛はセックスにとても近いものだった(これは現在も変わらない)。セックスは子をなすこと、種を継続させることであり、神と永遠をはらんでいる。 そう考えれば、恋愛と宗教(神)を分離して考える現代人のほうが、異様と言えるだろう。

今昔物語集巻二十七第九話

 遅刻した。上司の弁官はすでに参内している。役所の壁には、弁官の車が立てかけてあって、使用人が退屈そうに庭を眺めていた。すみません、おくれました、と言いながら部屋に入ったが、声がしない。怒鳴られることを覚悟していたから拍子ぬけして眺めると、なにやら汚いものが落ちている。血に染まった髪の毛だった。そこから、弁官の座席まで血痕が続いていた。 誰が。なんのために。自分にはまったくわからなかった。ただひとつ言えることは、自分は彼がいなくなって得をしたということだ。昇進したのだから。 今昔物語集巻二十七第九話

三教指帰

空海の著書『三教指帰』は、儒教・道教・仏教を比べ仏教の優位を説いた書物である。その説明の仕方がおもしろい。儒教を学べば、役人になれるかもしれない。総理大臣の道もある。しかしそのシステムが壊れれば役に立たない。仙人になる方法である道教はどんな場合も役に立つ。しかし、道教は死んだあとのことは役に立たない。仏教は死んだ後のことも詳細に述べている教えである。 荒俣宏