二・二六と今
二・二六事件は、たとえば五・一五事件のようなテロ事件ではない。1483名の軍人が参加し、政府転覆を目的としたクーデター事件だった。何人かの要人が殺害されたが、それは大いなる計画の一部である。
松本清張は大著『二・二六事件』(昭和史発掘のほとんどを占める)の末尾を次のようにしめくくっている。
「軍部が絶えず“二・二六”の再発をちらちらさせて政・財・言論界を脅迫した。かくて軍需産業を中心とする重工業財閥を(軍が)抱きかかえ、国民をひきずり戦争体制へ大股に歩き出すのである。この変化は、太平洋戦争が現実に突如として勃発するまで、国民の眼にはわからない上層部において、静かに進行していった」。
何かあったら二・二六みたいな事件を起こすぞ。その脅迫におびえ、陸軍に反発する者はなくなっていく。
二・二六の首謀者十七名は代々木で死刑となった。これは大事件であるから号外が出たという。だが、誰もがこれを暗い時代のはじまりだということを意識したのだろう、ほとんどの者はこれを語ろうとはしなかったという。
対して、三ヶ月後に起こったスキャンダラスな阿部定事件は、誰もが語ったそうだ。民衆はキャッチーな話題に飛びつき、二・二六の暗い見通しを口にすることはなかった。
現在の状況とよく似ているような気がする。
今問題にすべきは断じて金メダルではない。だが、話題はそちらにうつっている。暗い見通ししかできないことについて、人々は語ろうとはしない。
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