dan4 自己憐憫

 関係あるところ人は必ず傾く。友が繊維工場をやっていてあなたは繊維業界を批判することができるだろうか。できはしない。そんなことは当然のことだが、関係のない人がほとんどいないのと同様、本気で批判できないところがない人を探すのは困難である。


幸か不幸か、自分は友を失った。別れたので妻はなく、妻が子を連れていったので何年も会っていない。まったくのひとりであった。

脳病で働くことができないので(自分は話せず字が書けず歩くことができない)、勤労もしていない。生活保護で生きている。父母は健在であるが年金生活者である。私も親も日本国もしくは厚生労働省の施策によって生きているわけだ。

以前はそれを不甲斐ないことのように思っていた。マトモに暮らすことができていたからだが、それができなくなって以来、そう思うこともすくなくなった。

世にはやっかみやら批判の種は尽きず、いじめで自殺した被害者を悼む声と同じぐらい彼を責める意見もあるという。私はもっと不幸なのにみずから命を絶ったりしないわ。あなたは軽率なのよ。それが死者に鞭打つってことだとは思わないか、その気持ちより自己憐憫が強いかどちらかだろう。

不幸自慢はやめにしよう。






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