ペリー
ペリー提督は4隻の黒船をひきいて浦賀にあらわれた。開国をせまる(和親条約を結びたいという国書をわたす)ためだが、真に交渉の場になるまで、かたくなに姿をあらわさなかった。その場をつくったのは、副官のような人で、ペリーは出ていない。
これは、ペリーが日本人を知悉していたためだと言われる。日本人はたいへんに誇り高く、異民族にたいして尊大にふるまおうとする。それをさせないためには、出鼻をくじかねばならない。ために、ペリーは姿を見せなかった。いざ交渉の場には、ふたりの黒人奴隷をともなって現れたという。
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