コロナと地震
今のこのありさまというのは過去百年なかったことなので、記録しておきたい。しかし、どうすればよいのかはわからない。数量的なことは調べればわかるだろうし何があったかもわかるだろう。欠けているもの必要なものは何か。私がここにいるのはそのためじゃないかなあは思うのだが、さて求められているのが何かわからず。役割が見えていない『ある小倉日記』の主人公。自分の存在理由さえ知ることができず。
(以下2/14記)
すこし大きめの地震があって、避難しないとならぬような、この建物が倒壊するような事態になったら、俺はたぶん逃げられない。
コメント
コメントを投稿