鳥取のふとんの話

 小泉八雲の「鳥取のふとんの話」は、鳥取辺の漁師から聞いたことになっている。ああ今は使えない手だなあ、と思った。たぶん同じ時期に素材を得ただろう『遠野物語』も、人から話を聞いたとして、神や妖怪や幽霊の登場する不思議な話を羅列している。今、同じ手を使うならばカンボジアとかインドネシアとか中国の田舎とかに舞台を設定しなければ成り立たないだろう。


鳥取の漁師だろうが遠野の猟師だろうが同じ教育を受け同じテレビを見て育つ。地域的な差異はむろんあるが、以前ほど大きなものではなくなっている。明治政府のおかげですな。全国一律にする政策(これは富国強兵策と通じている)は、どこも同じ光量で明るく照らすと同時に、霊魂の潜む暗闇を奪ったのだ。


それにしても、「ふとん」ありがちな話だなあと思った。ふとんに子供の声がする、それがどうしてかわからない、だから対策がとりようがないだったらどうかな。


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